緑あふれるベッドタウン・八王子市の歴史について

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意外と古い?有史から残る八王子市

八王子市は東京都多摩地域の南部にある地域で、近辺都市のベッドタウンとして知られています。市内の遺跡から約1万5千年前の旧石器が見つかっており、先史から人が住んでいたことが判明しているエリアです。

ここでは長い歴史を持つ八王子市について、文献や史跡を踏まえてご紹介。名前の由来や市になってからの歴史など、八王子市の成り立ちをまとめているので、ぜひご覧ください。

八王子市の歴史を調査

現在はベッドタウンとして栄える八王子市が、どのような変遷をたどってきたのか、見ていきましょう。

八王子市の変遷

八王子市は1917年に市制が施行された、現在101年を迎える都市です。大正の中ごろに市になり、合併や移管を繰り返しながら現在の形になっています。

明治時代に市町村制が施行されたときは神奈川県の一部でしたが、1893年に三多摩地域が東京に移管されたことで東京都に所属するようになりました。

もともとは養蚕や織物業が盛んな地域で、多くの繊維工場が存在。しかし、昭和初期の不景気や戦争軍需により繊維産業が衰退し、人手不足や企業統合で減っていったといわれています。

太平洋戦争下で大空襲を受け市街の80%が機能しなくなりましたが、戦後の戦災都市復興計画により復興が進み、1997年には人口も50万人まで回復しました。

現在はミュージアムや科学館などが設置され、23の大学・短期大学・高専などを持つ学園都市として発展しているようです。また、都心からのアクセスが良く、周辺都市で働く人たちのベッドタウンとしても活用されています。

「八王子」の由来

八王子という地名は牛頭天王と8人の王子(八王子)をまつる地域で、神社や権現社が建立されて信仰を集めた結果、地名として定着したことが由来です。そのため、信仰が広まるにつれて八王子という地名は全国に分布していきました。八王子神社を中心とした地域が八王子と呼ばれるようになったのは、1569年に北条氏が送った書状が最初だといわれています。

八王子の発展に寄与した「大久保長安」

1590年に八王子城が落城し、八王子は徳川家のものとなりました。徳川幕府に使えていた大久保長安は甲州街道を整備し、街道沿いに八王子町を作り住民を移動。何町にも連なる大きな宿場町を完成させました。この宿場町が「八王子十五宿」です。

また、長安は浅川の氾濫を防ぐための石見土手の作成や甲州街道沿いの寺の移動など災害や利便性を考えた工事も行い、八王子の発展に大きく貢献しました。

八王子の織物産業の歴史

関東山地と武蔵野台地の間にあり、耕作地が少なかったことから養蚕や織物が盛んだった八王子。「桑都(そうと)」と呼ばれ、繊維産業の一端を担ってきました。

17世紀初めの文献には、特産として「瀧山横山紬嶋(たきやまよこやまのつむぎじま)」の名前がありました。江戸時代には八王子十五宿ができ、毎月開かれる市では繭や生糸、織物が集まるようになったといわれています。

明治・大正時代には八王子に八王子織物同業組合が設立され、産地全体で近代化に取り組んで成果を上げていきました。

その後太平洋戦争で大空襲を受け、80%以上の工場が消失・廃棄。しかし、復興金融公庫援助により復活し、昭和55年には伝統工芸品として指定されるようになったのです。

八王子市が住みやすい街になるまで

八王子市は戦時の大空襲により、市街の80%が焼け野原となりました。そこからどうやって現在のような住みやすい都市を作っていったのでしょうか。時代ごとの動きや取り組みについてまとめました。

ニュータウンとして急速に発展

戦後、戦災都市認定を受けた八王子は周辺の町や村を合併し、復興に向けて尽力していきました。1963年には市内初の工学院大学が開校し、電気機械や精密機械の工場が操業。1964年には現在の八王子市のエリアがほぼ定まり、中央道の整備やJRの快速・特急列車が新設されています。それに伴い人口が増え、1974年には30万人を突破。

1985年にJR横浜線が複線化し京王相模原線も開通したことから、交通面での利便性が高くなり、東京都内のベッドタウンとして利用されるようになりました。

学園都市の形成

1983年に人口40万人を突破した八王子市は、都心部から約40km圏内というアクセスの良さや地理的な優位性を活かし、大学や高専などの学術機関が建設されるように。2018年現在は周辺部も含め、23の大学・短期大学・高専ができ、全国でも規模の大きい学園都市が形成されています。

経営戦略の1つとして産学連携に力を入れており、大学・企業・市民・行政が連携・協働して研究や情報発信、交流を実施。地域社会の発展に取り組んでいます。

環境共生都市としての取り組み

八王子の豊かな自然を活かして計画されたのが、みなみ野の「環境共生都市」としての街づくりです。高い都市性と里山のリゾート性を得られる「アーバンビレッジ」をコンセプトに、さまざまな取り組みを行っています。

公園の充実や水循環再生システム、ホタルや水生生物の住める環境づくりなど、地域全体で環境に配慮したシステムを構築。豊かな自然や文化を守り、次世代につなげる取り組みとして活動しています。中でも田植えや自然観察などで活動する「みなみ野自然塾」は、趣味や地域での交流を実現する「クラブライフ交流都市」の先駆けといえる存在です。

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